2015年7月31日金曜日

ラジオ

お知らせです。
広島のみなさま。
本日31日、夜10:00から2時間(!)。
RCCのラジオ番組[Canvas]で話して音楽かけます。
きっとうまく話せないと思いますけど。
音楽を。
明日から8月か。

2015年7月29日水曜日

「幼年画」

saudade booksの新刊は原民喜の「幼年画」。
美しい本です。

原民喜についてはわたしも原爆を手帖に記した有名な文豪というくらいの知識しかなく、正直に言ってしまうと原爆の…という先入観が邪魔をして読みたくなかった。
それでも、とsaudade booksの淺野さんの強い薦めで、初めて「夏の花」を手に取ってみた。二階堂和美さんの「伝える花」のための絵を思案しているころでもあった。
読んで少し戸惑った。「夏の花」の、予想に反しての、その澄んだ文章にはからずも心掴まれてしまった。打ちのめされたといってもいい。でもその言葉はこう書いてしまうと不謹慎なのだろうか、とても「好きな感じ」だった。その静けさが。好きな感じと言っても容易に素通りさせてくれないような、掴んで離さない凄みがあった。詩人である民喜の文章は流れるような散文詩のようで、南米文学に通じるような幻想性もあって、その幻想性は全てが諦観に覆われたような哀しい透明感に通じていた。その哀しさのわけは「夏の花」の終章を読めば、あるいは原民喜のストーリーを知れば納得することができた。いや本当のことはわからないと自分を戒めることにしようか。

そしてこの「幼年画」。この作品集は単行本としては初めての刊行となる。
作曲家のシューマンが「子供の情景」という組曲をまとめたように、旅立ちを見据えた民喜は過去の作品を集めて「幼年画」を編んだ。
「幼年画」はあまりにも輝かしく、妖しく、微笑ましく、瑞々しい作品集だった。
わたしの知っている広島の風景も、子どものころにたしかに覚えがあるような心象風景も描かれていて、たくさんの「画」が浮かび、過ぎ去って行った。それは幻燈のよう。
読んで本を閉じ深く呼吸してしまった。これほどのものがどうして刊行されずに今日に至っていたのだろうかと首を傾げてしまう。
本になって良かったな、とサウダージブックスに感謝した。

この本を手に取る人はその装丁の素晴らしさにも唸ってしまうだろう。
デザイナーは納谷衣美さん。装丁から本文組版、プリンティングディレクションに至るまで、そしてなにより広島まではるばる来てくれてこのコップの絵を選んだところがすごい。他の絵を用意していたにもかかわらず、である。
しかし出来て来た本を見て納谷衣美さんのご判断は正解だったなと思う。
この絵は2011年の震災直後に描いた連作「水を見る」のうちの一枚で、わたしの中ではとある理由で心的透明度が高い特別なもの。先日新たに絵に「帰郷」というタイトルを付けなおした。絵としてはなにも変えていないのに、それは広島の絵になった。

解説は倉敷の書店「蟲文庫」の田中美穂さん。この解説がまた心がこもっていて素晴らしい。それを読めばまた始めから読み返したくなるような、そんな解説。

「幼年画」は忘れられない、時々は開きたくなる、思い入れいっぱいの本になった。
この夏にぜひどうぞ。
わたしはこの夏は「幼年画」と岩波文庫から出た詩集を読もうと思います。

2015年7月25日土曜日

「せとうち暮らし」vol.16




「せとうち暮らし」は香川のROOTS BOOKSが発行している瀬戸内の案内誌。
そろそろ新しい号が本屋さんに並ぶ。
リニューアルで表紙の絵を。
責任の大きなロゴも制作した。
表紙のレイアウトはデザインを全て担当されている大池さんと。

実は表紙の依頼をもらったとき、制作の時間があまりなかった。
でもまたとない仕事。無理には無理を重ねたくなる。
こういう絵は現場で描きたい!と言って、納得してもらい、笠岡諸島の真鍋島まで行って来た。
行き帰りの移動の時間がほとんどで一瞬の滞在制作だったな。
慣れ親しんでいるようで知らない瀬戸内の風景がそこにあった。
私は瀬戸内のことを何も知らないので、これから描けるなら身軽に瀬戸内を巡ってみたい。

編集部がいつも忙しそうで、大変ながらも楽しそうに仕事をしている。
夜遅くても電話の向こうでいつもわいわいやっているのが聴こえるのだ。こうして作って来たんだなあと。
こんな雑誌が面白くならないはずがない。
「せとうち暮らし」を本屋さんで手にとってみて欲しい。

blau blau #1


異国の合言葉
藁の結び目
ややもすればその歩幅を青ざめさせてしまう
ゼラチン質の後悔
あの月明かり
金平糖  ガラス玉 つらら  星座のように
絵が持ち去られたピナコテカの畔
ほの明るく流れる水路

そーっと思い出す
ぞーっと思い出す
呼吸のように青を重ねていく
たまにはそういう散歩のコースを
昼に眠り眠りながら
絵に青を塗りながら

*
blau blauという言葉を何かの本で読んだのだけど思い出せないな。
swimmieさんのハンカチ三柄めが届いた。
真夜中のランチにどうぞ。

2015年7月21日火曜日

7/21




先日仕事場にお客があった。
初対面のラジオ制作のお兄さん、レコードショップのお兄さん。そのお友達。
仕事場を珍しがってくれる。

「絵は一日一枚描きますか」

これが良く聞かれる質問。
「挿し絵画家として頼まれた仕事があるのでかならず描いていて、あと絵本のラフのような絵とは言えないかもしれませんがそういう走り書きが多数。それとは別に好きな絵が一枚描けたら理想ですねえ」

と話しておきながら自分で好きな絵ってなんじゃろ、と思った。

自分の中に独自の辞書があってそれを引き引き文章を書いているようなそういう絵だろうか。その辞書は育っていくものなのだろう。けれど忘れてしまう。
絵描きとしての辞書を編まなければならないのかな。
何かを自分の中に日々貯めていきたいという欲望。
過ぎ去るもの日々を両手でせき止めるというのも情けないような気もするけれど、なにせ忘れっぽい。
なのでずっと辞書を編むこと、と仕事場に張り紙がしてある。それは壮大すぎて手がつけられない。

このところ、ある仕事でずっと文章を書いていた。仕事場はオフラインなので今時コンピューターの辞書をつかわない。薄い紙の辞書のページをめくる手はもどかしい。けれど以前はひく時間がもったいないような気持ちだったのが最近はどういうわけか辞書を引く時間がいいなと思えるようになった。
一日一枚絵を描くのもいいけれど一日一回は辞書をひきたい。


2015年7月15日水曜日

7/15

二階堂和美さんのシングル「伝える花」本日リリース。
ぜひ聴いてください。

追記:こちらで楽譜のダウンロードや歌詞を読めます。
「伝える花」特設サイト


2015年7月11日土曜日

7/11

お知らせ。
現在発売されている雑誌POPEYE(2015 august)にてインタビューが掲載。
本と映画のはなし。というコーナーで文字通り好きな作品を紹介させていただきました。
さて何を採り上げたのか。ライターのIくんの文章が軽妙洒脱。息抜きにどうぞ。

2015年7月9日木曜日

「伝える花」

二階堂和美さんの歌「伝える花」がシングルCDとしてリリースされる。
この歌を聴かせてもらって真夜中に深くため息をしたことを思い出す。
これ、大切な歌が作られたなあ、と。

たくさんの人に聴いてもらいたいなとわたしも願った。
だから程なくしてCDが制作されることを聞き、嬉しかった。
でもジャケット絵の依頼をもらったことには驚いた。
まず強く思ったのは絵はいらないのではないかということ。

歌だけで十分なのだ。
けれどこの歌が広まることに絵も少しは役に立つのかなと思い直し、責任の大きさに目眩しつつもお受けすることにした。
歌にそえられたピアノと弦の素晴らしい仕事ぶりに心を動かされてもいた。
ああいう風に描けたらいいなあと。

イヤホンで歌を聴きながら何を描こうとあちこちを歩いた。学校や資料館を巡り木漏れ日の公園をゆっくりと何日かかけて見てまわった。
いくら想像しても祖母や幼い母が見たはずの地獄絵は目に浮かばず、穏やかな広島の風景のままだった。ただ供えられた花のおもてだけが遠い70年前と未来を向いているように見えた。
歌にあったように「あの日 青空はどんな顔をしてた」と空に問いかける。いつかわたしにもわかる日が来るのだろうか。それでも。
あの眺める川のとうとうとした流れや花の影がきれいだな、と思う気持ちは昨日と変わらない。けれどその陰影は日々変わってゆく。ならば自分が今日生きていて変わっていくものを眺めることはやっぱりかけがえのないことだと思う。そんな気持ちを心に写して眺めながら絵を描くことにした。

生きているわたしたちはみな戦争の、天災の、病苦の、望まぬ事故の生き残りだ、とふとそう思った。そうでなくとも寿命の尽きるまでのいのち。
花を伝えること。そうなれたら。
「受けた悲しみは けして返しはしない」
そうあれたら。

芸術に出会うことはその人の出会いだからわたしは作品を強くひとに勧めることはあまりしないけど、この歌だけはぜひ聴いて欲しいと願ってしまう。
この歌そのものもまた伝える花だと思うから。
いつかわたしも消えるならそのあとも生きていく他の誰かに伝えたいと願わずにはいられない。
そんな花だと思うから。
ぜひ。

2015年7月5日日曜日

東広島市立美術館にて

「ようこそすてきな絵本のせかいへ」
と題した絵本の原画展が東広島市立美術館にて開催されている。

毎年夏に1回づつ企画され今年で30回を数える歴史ある絵本の展覧会。
おそれ多くも出品作家の一人としてお招きいただいた。
先日openingがあり、朝、歩ける距離というのに市の職員さんに駅にまで迎えに来ていただいた上、開会のテープカットまでさせていただくことになり、すっと手渡された鋏は金色だった。

JR山陽本線八本松駅から南に歩いて10分の湖のほとりにあるこの小さな美術館はもうすぐ移転のためその役割を終えるらしい。館内ホールのドアが素晴らしく目をひくので職員の方に尋ねたら上野の博物館(どこだろう?国立科学博物館ではないだろうか)の旧いものを譲り受けたものだとか。そしてこの館そのものが個人の方より寄贈されたものだと聞き驚いた。

錚々たる作家の方々の絵に混じって「みずいろのぞう」と「うみべのいす」の原画が展示されている。
今回、額をそろえ、マットを丁寧に切っていただいてほんにありがたいなあと思った。

ようやく仕事が落ち着きつつあるので絵本の仕事を頑張ろう。東西の絵本作家のすばらしい原画の数々をみてそう思った。
絵本はあまり急ぎたく無いのでゆっくりとしたペースであるけれどいくつかが進行中。

東広島市立美術館
広島県東広島市八本松南二丁目1-3
電話:082-428-5713


「ようこそすてきな絵本のせかいへ」
石井 聖岳・かがくい ひろし・どい かや・nakabn・毛利 まさみち

2015年7月3日(金曜日)~8月16日(日曜日)
休館日:月曜日(7月20日を除く)7月21日(火曜日)
10時00分~17時00分(入館は16時30分まで)
大人   400(300)円
大学生 200(150)円
高校生以下無料



装画の仕事

松浦弥太郎氏の新刊「くいしんぼう」の絵を描いた。
久しぶりのペン画で慣れなかった。それが良かった。
ほぼデザイナーのディレクション通りに進んだのではないか?
うれしい限り。(職人)

マガジンハウス刊
装丁は櫻井事務所。

2015年7月4日土曜日

key change

南の旅から戻る。仕事を。
東京はずっと雨と。こちらも雨になりそう。
作業に集中できそうでありがたい限り。

移動しながらwindbellから届いたmockyの新作を。
“key change”
この音楽には知っている言葉のようで知らない彼だけの言葉があるね。
こんな音楽がラジオから溢れてくる町に住みたい。
音楽することへの深くて強い意志。
目に見えなくてもわかる。

音のテクスチャが名作“saskamodie”より好き。
ベースやタムの絶妙な重み、フルートのかすれ。
ザクザクとしたスネアのブラシ。声。
倫敦のフリーマーケットで手に入れたという僅か?ドルのベース。
(わたしはこういう裏話が大好きだ、と書いてしまって良かったのかな)

全ては細部に。
細部は全て。

windbell