2014年12月31日水曜日

12/31

今年最後はウチの子の絵。
ピカソの画集を見せたら「わーいいな!僕も描こう!」
ばばばー。
速い。そしてめっちゃいい絵。
この瞬発力は見習わなければいかんなあ。

では良いお年をお送りください。

2014年12月30日火曜日

12/29

初めてゆっくり歩いた広島の河岸。
横川駅から仕事場までの道。

自分の内なる水面と本当の水面は響き合うと思っています。科学的に証明してくれなくて大丈夫。
なぜなら水辺を歩くと気持ちがいい。要らないことを洗い流してくれるかな。

その効き目はともかくそこに映る空模様の綺麗だったこと。
最近は洪水とか津波とか、心配ごとがいろいろ多いけどやっぱりいつかはどこかの水辺に住みたい。



2014年12月28日日曜日

12/28




年末の掃除で家のいろいろなものを片付けていたら、ポルトガルで買ってきた黒板が出て来た。
これ、水で絵が描ける。描いたそばから消えて…行く。
おもしろーい。
掃除どうなった。仕事は…。
(髪切りました)

2014年12月27日土曜日

pocopenさんの“tingatinga song”

cover art: kazuhiro nishiwaki

わたしにとってさかなの二人、つまりpocopenさんと西脇さんは学生の頃から憧れの人たちで、今でもそうです。

pocopenさんの「bonjour monsieur samedi」はぜったいに!この地上の他の何処にもない音楽だと思って大切にしていてやっぱり今でも聴いている。
だから驚きの2ndなんだ。それが20年ぶりにwindbellから出るなんて。

pocopenさんのアルバム“tingatnga song”。
ドキドキしながらCDをトレイに入れる…
pocopenさんの歌が部屋に流れ始める。約束されたように当然のようにカッコいい歌の数々。

はずんでる。歌とギターがはずんでいる。
音楽が確かに存在している。そのものがはずんでいる。
聴いている自分もはずんでしまう。

スウィングじゃない。全く別の…うまく説明出来ないけど。
わたしには音楽の語彙がないから説明出来ないというのもあるけどそもそも音楽の辞書にものっていないだろうな。
だってこの感じはpocopenさんにしか絶対につくれないものだから。
はずんでいながらも歌の裏にひろがるくすんだ悲しみの景色も見えるような気がする。
このジャケットの絵のように。

mama!milk のお二人やエマーソン北村さん、菅沼さんたちの演奏もモデストで素敵だ。マスタリングはしょうじさんだ。
大人のしごとだ。

pocopenさんの書くボーイッシュな歌詞も久しぶり。
どうしてこんないい詩が書けるんだろうとこれも昔からの謎。

たとえばtingatinga songという言葉は曲名にも歌詞にもないし、最初は、ん、アフリカ?と思いながら聴いてみて違うし、一見は何の関連もなさそうなのにアルバム全体を聴くとtingatinga songって感じだよなあと妙に納得させられてしまう。そういう言葉使いのセンスが凄いです。



はー。なんか感無量。ありがとうございます、と、東京と京都方面に敬礼したくなる。というか拍手。それに花束…!

ほんとうに素敵な音楽です。

アルバムのリリース元のwindbell記事へのリンクしておきます。音も聴けます。わたしは今日まで聴きたいのを我慢していましたけどね。
windbell journal

2014年12月26日金曜日

12/26

ありったけの鉛筆をかき集めて鉛筆画。
手も真っ黒、裾も真っ黒。紙の上で暴れる鉛筆のこの感じが久しぶり。
整えというより描画に消しゴムも積極的に使う。さっ筆も指先も。

描かれた紙も山とたまってきた。峠は越えたかなあ。
(でもまだまだ終わらない)
描きながら今まで世界中で描かれてきた数え切れない数の鉛筆画のことを思ってしまった。
それは殆どは捨てられてしまうものだろう。
でもだれかがこっそり拾い上げてみているかも。

鉛筆は言葉でもなく計算のためでもなくただ絵の中の輪郭線や陰影のためのものに回帰していくだろう。
鉛の芯を木が取り囲んだ物体。それを刃物で削っていく。
少しづつ短くなっていく。それが惜しいようなうれしいような不思議な。

閉じこもっていたら外の空気を吸いたくなる。
開きもしない資料の束をカバンに入れるのは外出のための言い訳だと思う。

2014年12月25日木曜日

12/25


今日はなんだか青くてきれいな日だった。
ずーっと冬が続いて欲しいとこっそり思っている。
中断していた絵本を描き始め。
去年も絵本の作業しながら年を越したのだった。

2014年12月24日水曜日

しごとば






しごとば。せまい。さむい。しずか。
へんなものがたくさんある。

たのしいところ。
くるしむところ。
さぼりたくなるところ。
ブラッサンスの歌をきくところ。
もちろん絵をかくところ。
来てしまうと手ぶらでは帰れないところ。

木の立体群はさぼり心の産物なのだよなあ。
年末まで通いますよ。

今夜は帰り道の月がきれいでした。
三日月より細くて鋭利な…なにか呼び名があるのかな。

12/23






作業場の掃除。トレス用のライトテーブルをもちこんだ。
昔はトレス台なんか「じゃどう」だ、と言っていたのに今は欠かせない。指先の形、髪のなびき、風景の中の木の場所とか違和感のあるところを少しづつなおしながら考えながら形を整えていく。コピー用紙に何枚も書く。正解はないけれどあるような気がする。違和感の無いポイントというものが。その考えながらというのが辛くてたのしいという複雑な心理状態になる。辛い時は本当はもしかしてたのしいのだろうか。あたまがヒリヒリしてしまい基礎体力が足りないことを実感してしまう。絵本も漫画も本書きに至らないので、まるで少しも進んでいないのではないだろうか、という気持ちになり呆然とする。

表面的には時間がかかっていないように見えて、本当は時間がかかっているというようなことが大切だと思うし、こういうことを好きになりたい。

それとやっとたどり着いた図書館で資料探索。
のはずが最初の棚で読みたいものがしかも資料と関係ないもので制限殺数を越えてしまった。いい図書館。きっと通う。

写真は図書館への道すがらにある公園の池。





2014年12月23日火曜日

12/22

仕事場のある街区からから川を渡って公園に入るとプラネタリウムがあって
そのままずんずん公園を進んで行くと図書館がある。
その隣りには映像文化ライブラリーも。ここ、すごく面白そう。
近くにいながらいままで意識していなかった。くやしいー。

さて図書館は…。ぐ。休館日なのであった。
明日めげずにまた。

冬空スケッチ。人が大き過ぎだね。

2014年12月21日日曜日

12/21

そろそろ年末。
すたすたと枯葉を踏んで京都を歩きたくなる。
でも人多い。
いちお、仕事。
自分にとっては新しい領域。
ドキドキする。
駅伊勢丹でミロコマチコさんの伊勢丹デパートの仕事、そしてnowakiで素晴らしい二名良日さんの植物のドーナツを見た。

いいものを観ると疲れていても元気になると友達が言っていたけどその通りだ。
今から広島に帰ります。

p.s. 帰って来たら広島は雪でした。

2014年12月19日金曜日

12/19








近頃はただ歩くだけでいいなと思う。もっと歩きたいな。
やみくもにほうぼう歩き回っていたころより力は落ちたと思うけど、それでももっと歩きたい。
探さない振りをしながらも心の底ではきれいな瞬間を見たいなと願っている
どこかからどこかへと去りながら。
鳥はすごいなあ。その時の自分のいるべき場所をきっと知っている。


2014年12月17日水曜日

12/17

降ってくるひとつひとつの絶妙な速度とその残像の神秘的な曲線。すべて違うかたち。

窓越しに見ているのを我慢できず、コピーを取りに行くという言い訳をして真夜中の街を散歩してしまった。いい年してわーと声がでました。雪ですよ。

2014年12月10日水曜日

12/10

野営だー。
視線に振り返るとピロスマニが描いたような月。

2014年12月7日日曜日

12/7


家族の誕生日のために焼いたプリンが爆発。
久しぶりの製本。

2014年12月6日土曜日

「水俣から福島へ」

岩波書店刊「水俣から福島へ 公害の経験を共有する」カバーの絵を描かせて頂きました。ふたたび点描です。著者は小児科医の山田真先生です。
原稿を読ませていただき、山田先生の活動を知らなかった自分を恥じました。

山田先生は40年以上前から被害者の立場から森永ヒ素ミルク事件や水俣病の問題に関わられています。また広島、長崎の原爆やビキニの水爆実験にも詳しく、当時の国や企業の対応についても知り尽くしておられます。それらがどういう結果をもたらしたかというと経済的な理由や政治的な配慮を優先し被害者が切り捨てられたこと、またそれどころか時には医学的なモルモットにされたということです。その実例をひとつひとつ挙げながら、2011年の福島の原発事故での国や東電、またマスメディアでの対応もまた過去と全く同じ構図の繰り返しであると書かれていて、そこにとても説得力があります。

国や企業は組織であり、人ではないので個人の命や幸せなど優先しないとはわかっているつもりですがここまではっきりと被害者が切り捨てられていると知るとやはりショックを感じます。

原発事故の被害は今も進行中なので、読むのがつらいところもあるのですが、でもページを捲らないわけにはいかず、もうこの手の嘘に騙され、振り回されたくないという気持ちになります。
(それでも騙されてしまうのでしょうが)
文章自体はやさしい言葉で書かれているので読みやすいです。
もう少し話題になってもいい本ではないかと思います。

2014年12月3日水曜日

忘れられ鳥






recipe
1.ニヤニヤしながら描いたミニドローイングを読んでいる本のページの間に隠す。 
2.いつかの再会を楽しみにしつつ忘れる。

2014年12月2日火曜日

12/2

photo okada kayaポルトガルの旅のかけら。編集会議中。