2009年10月31日土曜日

experiment and experience...





les nuages du soir.

2009年10月30日金曜日

ebauche



最近気に入っている紙がある。
おフランスの紙ざんす。
sennelier社のブロックebauche。大きさ、画面の矩形比率が良く、ふかふかと紙質よし、色も自然なクリーム色。安い。120枚あったのがだいぶ減って来た。さみしい。
調べたら日本では買えない。
フランスで買ったのだった。何年か前スイスに行った時の事、事故があり足止めをくらい不本意ながらパリに滞在した。
女の子じゃあるまいし、パリなんか興味なかったが、現地のスーパーマーケット(SEIYUみたいな感じ?)に行ったら、文具コーナーでぶっ飛んだ。
日本の画材店に負けないくらいの画材がずらーっ。
しかも質が良く安い。再生紙などは漂白されておらずそのまま、此れまた味。
とにかく選択肢が多い。おそらく大手のメーカーと地元のメーカーのものが混在しているのだろう。日本でいえば酒や醤油のように。
こういう本格画材が食品のついでに一緒に気軽に買えるのはさすが芸術の都だなあ、負けた!と思った。
転じてわが国、さみしい風が吹いている。画材屋さん、画材メーカー、輸入屋さんがんばって欲しい。たとえば吉祥寺のユザワヤが閉店するというのは東京の作家に取っては痛い限りである。新宿の世界堂等でもこの品限り(=もう輸入しない、ということ)という画材にであう事が多い。
やっぱ最終的には個人輸入かな…。





2009年10月28日水曜日

『つきのなみだ』の記事

個人的にいろいろとお世話になっている九谷焼のtaizandoさん。絵本『つきのなみだ』の記事を書いてくれています。プロ並み。というかプロです。やはり持つべきものは友だね。感謝。

2009年10月27日火曜日

線をひく時は息をとめるか



ちょっとごそごそやっている。
昔の自分の絵を発掘して見たりする。
たまにいいのもあるがだいたいダメ。線がうすっぺらだ。かっこをつけようとしているようにも見える。
いったい何を表現しようとしていたのだろう?

それなりに形にはこだわりがあったようだ。
けれどもそれは自分の中のアルゴリズムのみで完結している。
ある意味ピュア。遊びを認めない。

ながめているうちに少しだけ記憶がよみがえって来た。
息をとめ、力をこめて線をひいていた。
しかしそれの努力の割に悲しきかな、出来たものはやはり浅いし生きていない。
線はとっても苦しそうだ。窮屈で狭いところにいたように思う。

今はけっこうラク。
そういえば最近は息をとめて線をひかない。
進歩か、退行か。
けれども息をとめるかわりになにかをとめている。
時間のようなもの。外部との遮断?
いや、外部と遮断しているわけではない。
けれどそのときだけ特別な時間の層にいるような気がする。
地球の上の時間に生きていながら同時に画の中の時間に生きている感じがある。
そうなるとけっこういい感じに画ができるように思う。

たとえば音楽を奏でる人は職業絵描きよりいい画を描くのではないかと思っている。
音楽を奏でるとき、奏者は音楽の時間のなかに生きることを知っているからだ。
それでいて外部との関係が断たれている訳ではない。
空間のもつ個性やそこに集った人、置いてあるもの、その日の気圧、におい、生活音、その土地の記憶…風土との関係が存在しないのであれば演奏する意味はない。

またパンを焼くひともそういうパンの時間という層を発見しているだろう。コーヒーを淹れるひともそうだろう、先日見た広島駅のお好み焼き屋のおばちゃんもなにかを知っている筈だ。文章を書く人もそうだろう。保育園の保母さんもそうだろうし、通勤電車の運転手だって。つまりそもそも職業でわける必要もないけど『集中力の特化』という意味でははたらく、という事がおおいに関連してくるのではないか。

今日、食卓でこどもがブドウの皮を真剣にむいていた。
なんだかすごく真剣だ。そして皮を剥き終わると躊躇なく食べてしまい、こう言った。
『ぶどうの夜』

彼は探検家の様にぶどうの皮の惑星に降り立ち、何かを視て無事生還したのではないだろうか。使い古された言い方ではあるが、こどもはやはりとてつもない集中力をもっている。だからいろいろな層への入り口をみつける。そして層から層へといとも簡単にかろやかに飛ぶ。大人は一つの層に入り込む事すら苦心するというのに、である。親からみれば節操がないとおもうけど、たぶんこどもがやってることは『そういうこと』なんじゃないか。
内面がそろそろひからびそうな大人である私も、このまま終わるのは悔しいのでもうすこしだけ自覚したいと思う。

地球上に生きながら同時にいろんな層に生きるのだという事。
そしてその層は自分が選ぶのだという事。

2009年10月26日月曜日

fall into autumn...



秋をあらわす英単語、autumnとfallではfallの方が感じが出てて好ましい。
fallは正しくはfall of leavesだけど日本人の感じる芭蕉的なイメージとしては深く深く秋に落ちていくような感じか。
英語ってオリジナルのゲルマン語系だけでなく歴史上ノルマンコンクゥエストがあったのでフランス語(ラテン語系)もあるしそこが深みのコクの味わいのダシですね。flowerとblossomとかもそう。中学校の英語の授業ではこういうことを生徒に教えるべきですね。

西荻窪のFALLに行ってみるとどこかの町のアンティークマーケットのようであり、しかしユング派心理療法の箱庭のようにミステリアスな品揃えでもある。その雰囲気に浸る事自体が面白い体験だと思う。青木隼人さんのCDや工藤冬里さんの陶芸作品等音楽ファンも要注目というか。

さてここからが宣伝。この素敵なお店FALLさんでこのたび新たにガリ版カード、きりん果の本など取り扱って頂く事になりました。
ガリ版と言えばレトロなイメージだけど、リソースクリプトという今でも(がんばれば)手に入る道具を使ってます。
時間が出来たら新作を作ります。

2009年10月23日金曜日

おしらせいろいろ!

●絵本『つきのなみだ』原画ドローイング展。
24日から代官山cholonにて。今回は原画展ということで、展示を全てmille booksさんにお任せにしたのです。どうなっているやら。
青柳拓次さんのライブはあっという間にsold outになっていました。うわうわ。

詳しくはコチラをごらん下さい。私も行くの楽しみです。
cholon
millebooks

●25日発売の『飛ぶ教室』19号にて野中柊さんの書かれた童話に挿絵を描きました。
イラスト10年くらいやってますが、これがなかなか自己ベストのうれしい出来です。
他のページもおいしい童話がずらりです。


●文筆家、甲斐みのりさんの新著ご刊行につき11月の京都恵文社一乗寺店の刊行記念展、少々お手伝いをしております。これですね。
2冊同時に刊行なんて凄い。

●近鉄四日市のradi cafeさんプロデュースの新しい店、frederika。11月オープン迫る。いろいろお手伝いしております。こんなお店が私のまちにもあったらな、と全国のみなさんを羨ましがらせたいなあ。いやきっとそうなるのでしょう。追々ご報告之予定也。

2009年10月21日水曜日

nakaban.com updated.



ドローイングのページが出来ました。

2004年から昨日描いたものまで選びました。
オリジナルと仕事に使用した絵の半々です。

昔の絵は線が若く正直今の自分は好きではないけど面白いものもあった。
たまには昔の自分に教わる事も必要だなあ。

nakaban.com

2009年10月20日火曜日

東京ふらふら

いらっしゃいませ

かっぱ橋です

0系新幹線の食堂車

コーヒー器具の聖地ユニオン

ヴェンダース監督も注目しました。参照:『東京画』

焼きごて。欲しいけど何に使えばいいのか

かっぱ橋で探していたハリオのブレンダーをゲットしました。
その後は→c社ビジネス書の挿絵打ち合わせ→i社で絵本の色校→i社でそのまま仕事→神保町→ワイン1.5本痛飲→よっぱらいと成り這うように帰宅。
こうして今は反省しております。

2009年10月17日土曜日

メルセデス・ソーサの歌のこと



今月の初め、惜しまれつつ亡くなったアルゼンチンの歌手メルセデス・ソーサ。
私はメルセデス・ソーサの声が好きだ。
遠い南米の土の香りと草原の風、クリオージャの世界に生きる人々の力強さが彼女の声。けれども母親の子守唄のように厳粛で安堵をもたらす声。
気が遠く成る程奥深い声を持つ歌手。でもやっぱりやさしい声。
こんなに遠いのに、歌詞もわからないのにゆさぶられてしまう不思議。
なぜだろう。そう思いながらつい繰り返し聴いてしまう。
フォルクローレやアリエル・ラミレスをはじめ、ユパンキ、ビオレータ・パラ、時にはミルトン・ナシメントの曲といった南米の名曲の歌い手でもあった。
そしてヌエバ・カンシオンの詩世界も彼女の声と同じように深い。
(これは蛇足だけど私の最もお気に入りのアルバム『アルヘンティーナの女たち』などはアレンジも他のいかなる音楽でも聴いた事がない程独特で衝撃的。)

押しつけは良くないけれど、メルセデス・ソーサさんの音楽を知らなかった人にぜひ彼女の遺した音楽に触れて欲しいと思い一筆ここに書かせて頂いた次第です。

『すべては変わる Todo cambia 』拙訳

おもてにあらわれたものは変わる
深い場所に沈んだものも変わる
ひとの考え方も変わる
この世界のすべてが変わる

歳月とともに気候が変わる
羊飼いと彼らの羊も変わる
そうしてすべてが変わるように私も変わる
それは自然なこと

最も明るく輝くものも
手から手へと渡るうちに変わってゆく
鳥の巣も変わる
恋人たちの気持ちも変わる

道ゆく径も変わる
傷つくとしても
そうしてすべてが変わるように私も変わる
それは自然なこと

変わる すべては変わる

夜が太陽のもたらすものを変える
春には大地の緑の衣も変わる
動物たちの毛皮が変わり
年老いた者の髪も変わる

そうしてすべてが変わるように私も変わる
それは自然なこと

けれども私の愛は変わらない
ながい年月によってさえも
思い出とこの土地のひとびとのくるしみと記憶も変わらない

昨日が変わったように明日も変わるだろう
そうして私も変わるだろうこの遠く離れた土地で

変わる すべては変わる
けれども私の愛は変わることはない


Todo cambia

Cambia lo superficial
Cambia también lo profundo
Cambia el modo de pensar
Cambia todo en este mundo

Cambia el clima con los años
Cambia el pastor su rebaño
Y así como todo cambia
Que yo cambie no es extraño

Cambia el mas fino brillante
De mano en mano su brillo
Cambia el nido el pajarillo
Cambia el sentir un amante

Cambia el rumbo el caminante
Aúnque esto le cause daño
Y así como todo cambia
Que yo cambie no es extraño

Cambia todo cambia
Cambia todo cambia
Cambia todo cambia
Cambia todo cambia

Cambia el sol en su carrera
Cuando la noche subsiste
Cambia la planta y se viste
De verde en la primavera

Cambia el pelaje la fiera
Cambia el cabello el anciano
Y así como todo cambia
Que yo cambie no es extraño

Pero no cambia mi amor
Por mas lejo que me encuentre
Ni el recuerdo ni el dolor
De mi pueblo y de mi gente

Lo que cambió ayer
Tendrá que cambiar mañana
Así como cambio yo
En esta tierra lejana

Cambia todo cambia
Cambia todo cambia
Cambia todo cambia
Cambia todo cambia
Pero no cambia mi amor...

***

2009年10月14日水曜日

zukkoke

花山駅から

バスの表示に注目。
またズッコケを読まねば。


2009年10月13日火曜日

広島から


さてさて、いまだ実家に滞在中。

家族の病院の用事以外は、高齢の親の手の届かなくなった裏山の草刈りをする。親がトシを取るという事はこういう事かあ。クズの葉っぱが繁茂していて裏山を覆って家の屋根に迫っている。その除去作業が大変。クズだけではなく、シロツメグサ、竹、野バラその他の雑草が恐ろしく絡み合っており。アルゼンチンアリというこの地方で異常発生している外来生物とも格闘しなくてはならない。(どのくらいこの蟻がいるかというと、裏山で足を「とんとん」とやるとたちまち靴が覆われてしまうくらいいる。すご杉。)草だけではなく立派な樹木等もバリバリ切る。そうしないと上記の蟻が無数の隊列になって家屋に伝わって来てしまうのだ。緑を大切にしよう、のエコ時代だが現実はそんなに単純ではないかも。

2009年10月4日日曜日

narrow gauge railway



四日市市にて深夜作業中〜
写真は今日の朝乗った近鉄内部線260系でゴンス。
レールの幅は762mm。

2009年10月3日土曜日

仕事関係の方へ ぎょうむ連絡

本日夜より15日前後迄留守になります。
まず三重県のradicafeさんの新プロジェクトのお手伝いにて出張、その後実家の家族の入院に伴うサポートで15日迄。お仕事関係の皆様にはご不便ご迷惑をおかけしますがmailを入れておいて頂ければ、3日に一度くらいは地方の寂れたネットカフェでチェックできるでしょう。macbook、スキャナ、画材、DICカラーチップを持って移動いたします。仕事可。よろしくお願いします。nakaban拝

2009年10月2日金曜日

『つきのなみだ』関連イベントのお知らせ


10・11追記 締め切りとなったようです

絵本『つきのなみだ』あす発売です。
24日からは代官山cholonにて原画ドローイング展、11月3日に記念イベントが行われます。
『つきのなみだ』制作裏話を語りたいと思います。
そしてメインは青柳拓次さんのソロライブ。

詳しくはコチラをごらん下さい。
http://www.cholonweb.com/events/

2009年10月1日木曜日

暗号送信

Vamos a beber 葡萄牙葡萄酒お話会2日夜於ROKUJIGEN !

スマトラの旅回想

地震の被害に見舞われたスマトラを旅したことがある。
マレーシアからの船は先ずメダン市に着く。
海外の観光客がこの地を訪問すると商売目当てで群がってくる人たちと歩くので行列のようになる。かれらはギラギラした黄色い目で何キロもついてくる。精神的になかなか大変きつい。
やっと見つけた宿は四角い白い部屋で真ん中に裸電球が一つぶら下がっているだけだった。
地元の人と話す。すると、パダンは観た方がいい。
という声が多い。
パダンは素晴らしい。と、遠い目をして言うのだった。
それは憧れる街に行きたいけどこの地に縛られて暮らす、やるせなさの表情でもあった。

パダンの街は海風が気持ち良い街だった。(今回の地震の悲惨な被災地)
砂っぽい広場は屋台が並び、さわぎ声がラジカセのタンドット音楽と混じりあっていた。コーランの放送も聴こえた。いろいろな看板。珈琲はコピ、本はブク。そして黄色い裸電球の下でスイカが並んでいた。賑わっていた。けれども自分の心の内では楽しい部分もあるが悲しい気分の方が勝っていた。スマトラに入って数日後のこの頃にはスマトラは圧倒的に貧しい土地だ、ということを理解し始めたからだ。これは…とショックを受けた。当然治安もあきらかに悪い(しかし治安の悪さは貧しさに起因するわけで責められない)。自然も隣のマレー半島と比べると厳しい。
楽しい旅もあるがつらい旅もある。こっちは大昔の事と思っていた日本軍の侵略の事もいろんな場所で責められた。しかしバスで各地を移動するうちにだんだんスマトラの土地や人々にとけ込んでいる自分も発見した。食事は手をつかって食べた。笑いのツボもつかんだ。珈琲はおごるおごられるが基本。
行って良くない旅はやはりない。スンダ海峡のフェリーでジャワに渡る時はすこし名残惜しい気分になっていた。
スマトラのこの貧しい土地に2度も地震を起こすなんて神様は不公平だ。